小売市場紹介

※70周年記念誌より

東灘区:セルバ名店会
灘 区:灘中央市場
中央区:大安亭市場 二宮市場 ジョイエール宇治川 宇治川センター
兵庫区:マルシン ハートフルみなとがわ 湊川グルメ ジョイエール御旅
長田区:丸五市場 NAGATA食遊館 長田中央いちば
須磨区:ジョイエール月見山 板宿きたいちば 板宿連合西部
垂水区:霞ヶ丘廉売市場

 

セルバ名店会

組織名:一般社団法人セルバ名店会
創 立:平成4 年10 月(森市場 昭和7 年4 月)
住 所:神戸市東灘区森南町1 丁目5-1
代 表:理事長 泉 雅夫
電 話:078-411-0586
定休日:火曜日
行き方:JR「甲南山手」駅から南へ徒歩3分 阪神バス「森南町」バス停前
Facebook : https://www.facebook.com/kobeselva/


泉理事長

■歴史と沿革

「セルバ」とはスペイン語で「森」の意味。

セルバの前身が、森南町1丁目に広がる「森市場」だったことに由来する。森市場は昭和7年、まだ辺りが田園と荒地であったころに当時としては日本最大規模の「阪神国道中央市場」として誕生。2,000 坪の敷地に100 軒余りの店が並び、阪神間の市場トップの売上を誇っていた。

昭和40 年代に近隣に大型店ができても、負けないほどの勢い。その後も車時代に合わせた来客用駐車場の整備など、常に進化を続けてきた。

さらなる発展拡大を目的に、市街地再開発準備組合を設立。平成2 年10 月に着工、同4 年10 月に、鉄骨鉄筋コンクリート造り13 階建て延べ床面積約45,500 ㎡の「セルバ甲南山手」が完成した。同7 年には阪神・淡路大震災で全壊指定を受けたが、4 月に営業を再開。その後、店主の高齢化もあり、空き店舗問題が深刻化したが、各店の商品を1つの店舗に集めてセルフ販売する「セルバ道の駅」が集客力を上げたことにより、空き店舗も解消している。近年は、有志で有限責任事業組合を設立し、共同店舗「もりいちば」を運営するなど、従来の発想にとらわれない事業を展開している。

■これからもお客様と共に

昭和7 年にこの地に根付いて90 年近く。店舗も変わり、店主も世代交代していますが、一貫して変わらないのは市場としてのこだわりと地域社会との結びつき、お客様への感謝の気持ちです。

現在【モノを売る】ことが、単なる拝金主義的な商売になっているように感じています。消費者にとって便利で効率的・合理的な物、店にとっては消費者に好まれている物を中心に販売することが重要視される世の中です。市場のように非効率的な店舗は取り残されているのかも知れません。

しかし、不便で非効率的な店には個性があります。顔が見え、言葉を交わせる販売をしていますので、売れるかどうかよりも、商品を取揃えることでお客様にご不便をかけないことに重きを置いています。長年の経験と目利きを生かした、本来の商いがセルバには受け継がれています。

セルバ名店会は、商売の基本的な精神を大切に、本来の姿を今後も貫いていけるよう「こい、もり市場」として、原点回帰を行います。

 

灘中央市場

組織名:灘中央市場協同組合
創 立: 大正14 年8 月(協同組合:昭和13 年12 月)
住 所:神戸市灘区水道筋3丁目6
代 表:理事長 藤原 明
電 話:078-871-3709
定休日:水曜日
行き方:阪急「王子公園」駅東へ400m徒歩約10分/「水道筋3丁目」バス停より北徒歩約1分/JR「摩耶」駅北へ400m徒歩約10分
Facebook : https://www.facebook.com/nadachuoichiba/


藤原理事長

■歴史と沿革

灘中央市場は大正14 年に設立。戦災で焼失したが、昭和21 年12 月には復興開店し、同38 年12 月に協同組合に法人化。同40 年には市場の核としての会館を新設した。

平成7 年の阪神・淡路大震災では、大半の店が大打撃を受けたが、震災後3~4 日後には炊き出しをする等のボランティア活動を行い、半年後には過半数以上が仮補修し営業再開を果たした。

店主の高齢化と後継者不足により空き店舗は年々増加。建物の老朽化に伴う建替え問題等、多くの深刻な問題に直面している。平成27 年8 月、水道筋地域は、まちなか再生区域に指定され、11 月には協議会が設立された。まちなか再生計画を兵庫県が認定し、小規模再開発事業の実施に向けて、行政や地域と会合を重ねているところである。

■これからもお客様と共に

灘区、水道筋地域の中心にある灘中央市場。安全安心をモットーに新鮮な食材と各店舗こだわりの商品を販売している。

大正14 年にできた歴史ある市場は細い通路の両側に店舗が連なり、アーケードのある大きな商店街とは趣が違う。市場内に一歩入ると昭和の世界にタイムスリップしたかのよう。平成30 年度には市場の中に3 つの防災空地ができ「みんなのひろば」と名付け、買い物客らが休憩をしたり、花火大会やバーベキュー、プール遊びやバンドのライブなども催し、地域住民らの憩いの場として定着しつつある。

市場の食材を市場のイートインスペースで食べる人気イベント「紙皿食堂」も今年度からは再利用ができるトレーとお皿を使いエコな市場を目指す。JR 摩耶駅が出来てからは若い子育て世代の買い物客も増え、子供たちの声が響き渡り新たな活気をみせている。

これからも伝統を守りつつも新しいことにチャレンジし、お客様が安心して楽しくお買い物ができる市場を目指していきます。

 

大安亭市場

組織名:大安亭市場協同組合
創 立:明治後期(協同組合:昭和50 年)
住 所:神戸市中央区八雲通5丁目4-17
代 表:理事長 桑山 鉄男
電 話:078-221-5641
定休日:年中無休
行き方:JR「三宮」駅から東へ徒歩10分/阪急・阪神「春日野道」駅から西へ徒歩5分
Facebook : https://www.facebook.com/ooyasutei/


桑山理事長

歴史と沿革

大正末期から、旧葺合区の国道2 号線より山側には、海岸沿いの工場に通う往来が盛んで、自然に商店が集まり、それが更に人を集めて賑やかな市場商店街を形成していた。

大安亭市場の名称は、現在地より三宮へ400m の位置に明治の初期か、それ以前から「大安亭」という浪花節小屋があったことに由来している。太平洋戦争による戦火は免れなかったが、点在していた店舗は戦後戻り、二列に並び、現在の市場の形に。100 店を超えるバラエティーに富んだ業種構成が最大の魅力だったかと思う。通りには広告塔と呼ばれるガラス張りの看板も並び勢いがついていた。昭和34 年には事務所を構え、39 年には日よけアーケードから本格的アーケードも完成した。組織も50 年に協同組合へ法人化を図った。

現在も夏の風物詩として地域住民が楽しみにしている「夜店」は、昭和54 年に大安亭市場が市内で初めて始めたもの。市場の商店主が全面的に運営する、当時としては画期的な形を独自で考えて実行し、現在も8,000 人もの人々で賑わう。

アーケードは、平成25 年度中小企業庁ものづくり補助金並びに神戸市の補助金を活用して改修工事をし、照明も一新した。

これからもお客様と共に

大安亭市場は自分の店にこだわりを持った70 店の個性の集合で、店主はその道のプロフェッショナルばかり。同業種が競争し合っていることも特徴です。店頭には店主の似顔絵のパネルを設置して、こだわりやポリシーを発信しています。

色々なイベントを実施していますが、子育て中のお母さんを対象に、月に1度料理教室も開催しています。家族のために美味しい料理を作りたいが自信がない、そんな方に、一般的な家庭料理のコツを教えています。その料理に合った食材を実際に市場の店舗で買って頂き、市場の使い方や楽しさを知ってもらえたらと頑張っています。

知名度が高くて売場の広い店舗が良い店舗とは限りません。商品知識の豊かな店舗には良い物があり、良い物はやはり市場にあります。そして、年間を通して、その時期にあった値段で商品を提供することこそ、本当の意味でお客様にとって良いことであると信じて、これからも市場はこうありたいと思っています。

 

二宮市場

組織名:二宮市場
創 立:大正12 年
住 所:神戸市中央区琴緒町3 丁目3-5-67
代 表:会長 髙岡 重之
電 話:078-221-7353
定休日:日曜日(店舗により祝日休みも有)
行き方:JR・阪急・阪神・地下鉄「三宮」駅より北東へ5分
WEB:http://www.ninomiya-ichiba.com/
Facebook:https://www.facebook.com/ninomiyaichiba


髙岡会長

歴史と沿革

二宮市場の歴史は大正12 年に現在の二宮市場の東側半分に当時の商人数名が結束し二宮市場を設立したと言われている。その後、昭和19 年に戦火にみまわれ紆余曲折をたどりながら、戦後の同22 年に北筋と南筋に新たな商人も集まり復興を果たした。同35 年にはアーケード、統一シャッターを設置。近隣にはデパートや大型スーパーがあったが、「良品廉価」が好評で客足が絶えず、全盛期であったといえる。

阪神・淡路大震災を機に、空き店舗が増え続け、客数も減少し始めた。現在は三宮周辺の再開発などの影響で北筋は売却され無くなったが、熱意のある店主が結束して頑張っている。

これからもお客様と共に

関西でも有数の繁華街である三宮から歩いて僅か5分の場所にもかかわらず、都心の喧噪からおよそかけ離れたのんびりとした昭和の趣きを残した町二宮に、二宮市場はあります。

昭和30 年から40 年代までは約72 店舗の店があり、全盛期として賑わっていました。

現在は少数精鋭で運営しております。各店には、専門店ならではのこだわりの商品が多くあり、昔からの顧客の二宮ファンにご愛顧いただいています。永年続けている毎週金曜日の奉仕セールや中元、歳末の大売出しも継続し、最近、ホームページを立ち上げました。近隣の飲食店や行政のご協力により「ほろ酔いうまいもん横丁」や「ほろ酔いライブ」などのイベントを行い、大いに盛り上がっています。

今後も会員全員でアイデアを持ち寄り、さらに元気な二宮を実現したいと思っています。

 

ジョイエール宇治川

組織名:宇治川商業協同組合
創 立:大正9 年5 月
住 所:神戸市中央区下山手通8 丁目9-27
代 表:理事長 上田 幸雄
電 話:078-341-0026
定休日:日曜日
行き方:市営地下鉄「大倉山」駅より徒歩2 分/阪神電鉄「西元町」駅より北へ徒歩2 分/阪急電鉄「花隈」駅より西へ徒歩3 分/JR「神戸」駅より北東へ徒歩5 分


上田理事長

歴史と沿革

大正9 年、宇治川公設市場として18 店舗で誕生。昭和11年には現在地に移転する。同43 年5 月から神戸市が近代化のモデル小売市場を目指し改築に着手。12 月にオープン・フロアー形式の1 階店舗がオープン、44 年9 月に鉄筋10 階建て全館が完成した。大型店やコンビニの出店等による問題が噴出し、昭和58 年頃、若手を中心に活性化を目指す。平成元年5 月に宇治川商業協同組合を設立し、同2 年3 月にはセルフ販売方式の「ジョイエール宇治川」をオープンさせた。

大震災による補強工事を経て、平成7 年9 月には、店舗面積約720 ㎡(セルフ482 ㎡、専門店4 店78 ㎡)でリニューアルオープン。

平成27 年度、神戸市立公設市場条例の廃止に伴い民営化(定期建物賃貸借契約)され、解体撤去が決まった。令和元年に閉店し、組合員による1階建(一部2 階)建物、売場面積約130 坪の自力再建に取組んでいる。

これからもお客様と共に

「良いものを、低価格で、安定してお届け」をモットーに、他所に先駆けてセルフ方式を取り入れ、生鮮食料品の売場を約3 割増やし強化を図って好成績を残してきました。震災後、ライフやKOHYO の出店が相次いだ時、部門長会議のメンバーの若返りを図り、議論が活発に。部門ごとに売上設定をし、月間、週間、日割に落とし込み、目標を達成できるまで、毎日全員で粘って!売っています。

平成26 年にライフ下山手店が出店し、一旦は売上げが15%も落ちましたが、2 年間で元に戻すことができました。私達が一番大切にしていることは、お客様との接点です。欲しい商品を何時でも聞けるよう、スタッフは必ず店内にいるようにしています。

解体工事を控え、令和元年5 月18 日に閉店。6 月10 日から宇治川センターの空き店舗を借りてアンテナショップを営業しています。令和2 年11 月の再開を目指し、これからも宇治川市場商店街の核店舗の役割を果たせるよう、地域と連携しながら頑張っていきます。

 

宇治川センター

組織名;宇治川センター
創 立:大正14 年
住 所;神戸市中央区楠町1丁目2-15
代 表:会長 片岡 壽夫
電 話;078-341-4567
定休日;日曜日 例外あり
行き方;市営地下鉄「大倉山」駅より徒歩2分/阪神電鉄「西元町」駅より北へ徒歩1分/阪急電鉄「花隈」駅より西へ徒歩3分/JR「神戸」駅より北東へ徒歩5分
Facebook : https://www.facebook.com/ujigawacenter/


片岡会長

歴史と沿革

元町駅と神戸駅の中間に位置するメルカロード宇治川。その中心に位置する宇治川センターは新鮮素材の生鮮食品を中心に「食生活の友」として日用品などと共に庶民の台所となっています。同センターは、大正14 年に40 軒で発足した宇治川本通市場から21 店舗が分離した小売市場です。明治の頃から宇治川を挟んで並んだ商店は大いに市民に親しまれていま
した。

度重なる水害にも屈せず宇治川地区の他の市場や商店街と協力して、シンボルアーチを建設、歩道のカラー化なども行いました。

平成7年の阪神・淡路大震災では、店舗、家屋にも大きな被害を受けましたが、市内でも一番早く営業再開にこぎつけたのは会員の結束の賜物です。5 年前から若手商業者が始めた「宇治川音楽祭」(宇治川市場商店街連合会主催)が、多くの人を巻き込み、年々大きな輪になっていることは、ひとつの希望と言えます。

これからもお客様と共に

大震災から早くも25 年。その間会員も18 店から8 店に減り、毎日の客数も10 分の1になっていますが、中には来客数が大変増えている店もあり、自店が変わらなくては先のないことを思い知らされている毎日です。

「元気で明るく、笑顔で親切」を売りにして、会員も仲良く、地域の皆様に可愛がって頂けるよう毎日頑張っています。これからも専門店の強みを活かし、お客様ファーストで営業していきます。

 

マルシン

組織名:丸神商業協同組合
創 立:昭和22 年6月
住 所:神戸市兵庫区東山町2 丁目8-61
代 者:理事長 森 祥行
電 話:078-521-6817
定休日:水曜日
行き方:神鉄「湊川」駅・市営地下鉄「湊川公園」駅から北へ徒歩10 分「熊野橋」バス停すぐ
WEB:https://marushin-ichiba.com/
Facebook:https://www.facebook.com/marushinichiba/
Instagram:https://instagram.com/marushin.ichiba


森理事長

歴史と沿革

マルシン市場は、昭和22年6月、市有地を借り受けて開場。周辺では戦後最も早く開設した公認小売市場である。昭和33年には、丸神商業協同組合を設立。その後、組合員の念願が叶い市有地を取得。農林水産省の助成を受けて近代化ビルに改築し、昭和57年3月20日、現在の「マルシン」が新装オープンした。

現在は、オリジナル商品券の「マルシン通貨」やスタンプ事業「トクトクスタンプラリー」を隔月に実施しつつ、音楽イベント等も積極的に開催する。また、空き店舗を休憩やイートインスペースに活用したり、授乳室を備えた子育てホットステーション「まるしんマミールーム」や、シェアキッチン&スペース「marushin47(よんなな=1947年市場開業にちなんで命名)」を整備している。

これからもお客様と共に

神戸の台所・神戸新鮮市場の北端にマルシン市場はあります。色々なシーンの料理の食材を揃えられるマルシン市場は、お客様の様々なニーズにお応えしようと日々変化しています。お買い物の場であると共に地域のコミュニティの場となるようにシェアスペース47をオープンしました。ママ会やいつか自分のお店を持ちたい方のチャレンジの場としてなど、利用の仕方は様々です。また、現代よく目にするキャッシュレス決済やLINE@の活用は、老舗市場だからと敬遠するのではなく、全てのお客様にとって便利な市場であるように実現させてきました。昭和22年(1947年)に創業したマルシン市場がこの土地であり続けられるのはお客様のおかげです。長年ご利用いただいているお客様を大切に、そして子育て世代の若い方々にもぜひマルシン市場をご利用いただきたいと考えています。

多くのお客様の生活を支える場として、これからも変化し続けていきます。

 

ハートフルみなとがわ

組織名:協同組合湊川中央小売市場
創 立:昭和22 年11 月
住 所:神戸市兵庫区荒田町4丁目29-24-141
代 表:理事長 黒井 朋治
電 話:078-511-2274
定休日:木曜日
営業時間:9:30~19:00
行き方:市営地下鉄「湊川公園」駅・神戸電鉄「湊川」駅より北へ徒歩5 分/市営バス「東山」バス停より東へ徒歩30 秒
WEB:http://www.kobe-shinsenichiba.com/heartful/


黒井理事長

歴史と沿革

大正9 年「湊川廉売市場」の名称で誕生。「湊川土手の市場」の愛称で、有力な商人を集める市場として大いに繁栄した。戦災により焦土と化すが、昭和22 年にはいち早く復興を遂げ開場し、35 年には全会員により協同組合を設立、市場名を「湊川中央小売市場」と改称する。市内最大の商戦場における競業の激化は、益々人気を集めるところとなる。

平成2 年から市の支援を受けて、建物の老朽化に伴う再開発の勉強会を行っていた最中、阪神・淡路大震災に見舞われる。全半壊率84%と甚大な被災。「建替えて商売を続けるか否か」の選択を余儀なくされ、一気に「再開発」に向けた皆のエネルギーが高まった。同8 年11 月に都市計画を決定し、9 年には再開発組合を設立。続いて、市場の共有資産である通路を現物出資する形で管理会社を設立し、同社が共有権利変換により各店舗の専有部分を共有床として一括管理する体制を決めた。同12 年4 月、42 の専門店とセルフ販売の「湊川グルメ」による「ハートフルみなとがわ」として、華々しく再スタートを切った。

これからもお客様と共に

前身は大正9 年設立の歴史ある湊川廉売市場。平成12 年、阪神淡路大震災後の再開発事業によりショッピングセンター「ハートフルみなとがわ」として生まれ変わる。5 つの市場や商店街で賑わう神戸新鮮市場の中でも、個性的な店が揃う近代的なビルは、圧倒的な存在感を示している。

1 階は専門店街で、生鮮食品・加工食品・日用品・美容院・喫茶店などの店舗が、地下1 階には食品スーパー・ベーカリー・飲食店が軒を連ねる。店内は明るくて通路が広く、レストスペースや広場も有り、ゆっくりと買い物を楽しむ事ができる。

新鮮で質の良い豊富な品揃え、個性的な店作りやサービスに、昔ながらの市場の良さが残る。

「昔からここで」の安心感に、「こんなのもある」の新しさをプラス。「ハートフル」なお店が魅力的だ。

 

ジョイエール御旅

組織名:御旅センター市場協同組合
創 立:昭和28 年10 月
住 所:神戸市兵庫区塚本通5丁目2-11
代 表:理事長 白石 孝
電 話:078-575-9800
定休日:毎週日曜日
行き方:JR「兵庫」駅から北へ徒歩5 分


白石理事長

歴史と沿革

昭和28 年に御旅センターは開場された。戦災で焼きつくされた土地の復興の遅れに加え、市場が鍵の手の形に建設されたため、商売には苦労したが、同32 年には直線形市場に増築。これが転機となり、繁栄の方向に転じる。

阪神・淡路大震災で33 店舗あった市場は全壊し、店舗と住居を失った。しかし、震災の翌月には、複数の利権者が共同して建て替える「優良建築物等整備事業」の補助制度を利用した共同ビル建築工事を決定。セルフ方式で仮設営業することを決め、4 月には6 店で共同仮設店舗を開設した。同年9月には協同組合を設立。「小売商業店舗等共同化事業」の認定を受け、平成10 年4 月に高度化融資資金を利用し、組合員数7名による、全面セルフ・集中レジ方式での「ジョイエール御旅」は出発した(鉄筋コンクリート造12 階建、店舗・バックヤード面積合計616.88 ㎡。総事業費3 億1,300 万円)。

これからもお客様と共に

開店すぐに行列が。今日は店内中央で「肉の計り売り」。昨日は「職人が目の前で握る寿司セール」。夕方には「お客さんの前で揚げたての魚フライや天ぷら」も。いつも何かが日替わりで「お買い得」。生鮮と惣菜のカテゴリーが入れ替わりで盛り上げる店内中央催事コーナーは、売り手の「パフォーマンス」と「コストパフォーマンス」でお客様に支持されて大賑わい。

仕掛けるのは、精肉「ともや」3 代目の気鋭の社長である。もともとここは「御旅センター市場」として、永らく兵庫駅周辺の市民の皆様に親しまれてきた。

流通が新たな時代を迎えようとしていた平成7年、現在のセルフ方式スーパーに転換を図った。大手にはない、専門店ならではの品揃えと、強みのオリジナリティーを推し進めてきた。個性的な各店舗、働くスタッフさんたちの士気は意気軒昂、地域一と自負する。今後は更に地域の皆様に私達の良さをアピールしていきたいと考えている。

 

湊川グルメ

組織名:協同組合湊川グルメ
創 立:平成10年5 月
住 所:神戸市兵庫区荒田町4丁目29-24
代 表:理事長 大久保 忠雄
電 話:078-575-2508
定休日:木曜日
行き方:市営地下鉄「湊川公園」駅・神戸電鉄「湊川」駅より北へ徒歩5 分/市営バス「東山」バス停より東へ徒歩30 秒


大久保理事長

歴史と沿革

湊川グルメは、阪神・淡路大震災後の湊川中央周辺地区第1 種市街地再開発事業により、平成12 年4 月に生まれ変わった「ハートフルみなとがわ」の地下1 階に、権利者の共同経営による食品スーパーとしてグランドオープンした。協同組合湊川中央小売市場を母体とする組合員7 名と共同出資会社で出発した。競合店がひしめく湊川地域にあって、生鮮4 品を中心とし、湊川グルメに行けば必ずあるというワンランク上の品揃えで、現在も奮闘している(売場面積610.5 ㎡、バックヤード等544.5 ㎡)。

遡ると、平成9 年8 月、協同組合湊川グルメの設立が認可され、翌年には高度化資金の予備診断、本診断を経て、同11 年9 月に高度化事業計画の認定を受けた。並行して、10 月14 日の臨時総会において権利変換計画並びに定款の変更が承認され、参加組合員と位置付けられた。

これからもお客様と共に

湊川グルメのサービスは地域に密着しています。毎日来ていただける店に! という思いで、月に1 度のグルメ最強100 円均一祭・毎週火曜日のバトンリレー・ 19 時からの全商品1 割引き・毎週日曜日の10%引とポイントカード3 倍デー。毎日の活発な販売促進は確実にお客様に受け入れられています。

以前はPOS データから上位購買者を選んで買物券を渡していましたが、業務用の買物客に固定化したため、タイムサービスなど、一般のお客様に広く還元する方法に切り替えました。

このような販売促進は各部門の部門長らで構成する部門長会議で次々とアイディアを出して実行しています。

 

丸五市場

組織名:丸五市場事業協同組合
創 立:大正7年
住 所:神戸市長田区二葉町3丁目11-2
代 表:理事長 西村 政之
電 話:078-611-4077
定休日:火曜日
行き方:JR・地下鉄「新長田」駅より南へ徒歩10 分/地下鉄海岸線「駒ヶ林」駅より東へ徒歩3 分/市バス「大橋2丁目」バス停より南へ5 分
WEB:https://www.marugo-ichiba.com/


西村理事長

歴史と沿革

現在地の二葉町3 丁目に大正7 年「中央市場」、大正11 年「新中央市場」の2 つの市場が開場し、強力な集客力で町内全ての路地が衣料・雑貨店で埋まり雑貨街を形成していった。

昭和7 年神戸市中央卸売市場の開場に伴い「中央市場」を改名することになり、別々の5 つの組織であったため市場名を「丸五市場」に改めた。戦後は、現在の市場に食品店が連なり、ほとんど食品市場と化した。昭和24 年の神戸市小売市場連合会の結成には独立した5 つの市場として加盟している。

平成になって北と南2 つの市場に統合され、全体統一の機運が高まり将来の市場発展のために法人化をめざし、平成6年6 月丸五市場事業協同組合を設立。阪神・淡路大震災に見舞われ、一部倒壊があったものの、ほぼ従前の状態で営業再開できた。

これからもお客様と共に

大正7年創業、100 年を超える丸五市場。

現在はドラマのロケ地として協力することも多く、新たな魅力を発信しています。平成18 年に、以前この市場で開催し好評だった「アジアまるごと市」のイベントの経験から、アジア関係の飲食店を集める方針をたて“丸五アジア横丁”と銘打ったテナントミックス事業に乗り出しました。

平成20 年から“丸五アジア横丁ナイト屋台”を6 月~ 10月の第3 金曜日に開催。来場者が毎回500 人を超えるビッグイベントとなり、各地域へも話題を呼んでいます。

“丸五アジア横丁ナイト屋台”に出展した実績を積み、好評を得た中国家庭料理「手作り水餃子のめいりん」や「ミャンマー食堂テテ」、焼酎専門店「今井やん」が開店。最近も新たに韓国料理「ココキムチ」が開店し、異国情緒を漂わせる新しい丸五市場が誕生しています。これからも懐かしく新しい丸五市場として頑張っていきます。

 

NAGATA 食遊館

組織名:長田公設市場協同組合
創 立:大正11 年11 月
住 所:神戸市長田区長田町1丁目1-1
代 表:理事長 堀上 統央
電 話:078-611-1700
定休日:日曜日
営業時間:10:00 ~ 20:00
行き方:神戸高速・地下鉄「長田」駅北へ徒歩3分
Facebook : https://www.facebook.com/nagatashokuyukan/


堀上理事長

歴史と沿革

長田公設市場は、大正11 年11 月に設立、戦争で焼失したが、昭和22 年に再開。同35 年には市内小売市場初の全館冷房を実現、同時に協同組合化を図った。同41 年4 月、火事で全焼したものの42 年には5 階建てビルの1 階で再出発する。平成4 年3 月“セルフ化”市場のモデルを目指して「食遊館」の愛称のもと活性化を実現させた。ところが、同7 年には阪神・淡路大震災により全壊。ゼロからの出発を余儀なくされることに。

長年支えてくれたお客様に思いを馳せ、苦労を重ね、平成10年3月に組合員9人で再オープンする。総事業費約5 億1,900 万円、延床面積1048.98 ㎡、1 階店舗、2 階には作業場と事務室、会議室を設けた。各週の定例部門長会議を要に、売上データを共有し不振部門の底上げを図る。平成29 年11 月には店内リニューアルも行ったが、顧客獲得の一手になりきらず、気合を入れ直して販売改革に取り組んでいるところである。

これからもお客様と共に

「今日のおすすめ品は何かな?」そんなちょっと楽しみな気持ちでお客様に来店していただける「NAGATA 食遊館」を目指しています。

見た目は小型のスーパーマーケットのようですが、各部門に店主がいて仕入れや売り場作りを担っています。それは昔、市場だった頃の名残り。各コーナーには目利きが選んだお値打ちで、美味しく安全な食材が揃っています。

これからも地域に合った食料品のセレクトショップとして、市場ならではの機動力を生かした「大手では揃えられない」品揃えと、注文に「すぐに応える」小回りの良さを、最大限に生かしていきたいと考えています。

将来的には、生鮮素材にひと手間かけることによって、お客様が調理しやすく食べやすい食材を中心に売り場を作り、利便性を当店の特徴として感じていただければ嬉しいなと考えています。また、キャッシュレス決済と連動したポイントカード『遊カード』会員の獲得も頑張っています。

 

長田中央いちば

組織名:長田中央小売市場協同組合
創 立:昭和21 年4 月
住 所:神戸市長田区六番町8丁目3-2-206
代 表:理事長 南隅 有
電 話:078-575-9402
定休日:日曜日
行き方:高速・地下鉄「長田」駅北へ徒歩3分


南隅理事長

歴史と沿革

戦後のヤミ市全盛のなかから逞しく復興の槌音を響かせ、昭和21 年4 月に長田更生市場として発足。後に現在の長田中央市場という名称になりました。昭和40 年代までは順調でしたが、周辺商店街の近代化、大型店の進出などの影響により衰退傾向に直面。昭和63 年に商業近代化委員会を設置し、折しも再開発を目指したところで、阪神・淡路大震災に見舞われ、全壊したのです。

震災後、市場底地(河川敷)の国からの払い下げ・建設予定地の住民の立ち退き・資金調達など、再建への多くの問題を乗り越え、国、県、市による優良建築物等整備事業(建築費補助)と中小企業高度化事業(共同化への無利子融資)の支援を受け、平成11 年4 月8 日にオープンしました。等価交換による共同事業による再建で、10 階建てのカサベラセントラルプラザ長田の1 階は対面方式の市場、2 階は事務所、駐輪場、3 ~ 10 階は79 戸の住居となっています。

これからもお客様と共に

昔も今も一番の売りは、その道のプロが厳選し自信を持って仕入れた、新鮮な生鮮食品をお値打ちにご提供していることです。

市場を地域の人が集える場所にしたいとの想いから“笑顔と元気が集まるいちば”を合言葉に、子ども向けのイベントや事業を展開しています。平成13 年4 月に商店街と連携して始めた「タメ点カード長田」は、安心と安全をサポートするという特徴を加え「萬福カード長田」へバージョンアップし、地域の方から多くの支持を頂いています。

平成25 年に長田神社周辺の商店で立ち上げた「グージーサービス有限責任事業組合」は、社会的課題である買物弱者に対応するため「萬福グージーサービス宅配」を始めています。

この20 年間は、地域の4 つの市場商店街(長田中央いちば、食遊館、長田神社前商店街、プレノ長田)による協議会が中心となって、「夏越ゆかた祭り」や「おやつはべつばら」などの地域ぐるみの集客イベントを実施し、毎年大変好評を得ています。 これからの市場としては、若い人達に「食」に対するこだわりを持ってもらえる発信を工夫していきたいところです。

 

ジョイエール月見山

組織名:月見山公設市場協同組合
創 立:大正12 年12 月(平成8 年)
住 所:神戸市須磨区月見山本町2丁目1-15
代 表:理事長 松井 浩行
電 話:078-737-1234
定休日:日曜日
行き方:山陽電鉄「月見山」駅南へ徒歩3分


松井理事長

歴史と沿革

大正12 年、22 店舗で公設市場として開業。戦災で全焼した市場は、神戸市に予算がなかったため、市場商人が建築費を実費負担して、昭和21 年に復興した経緯を持つ。

昭和61 年、神戸市公設市場活性化会議で基本構想を策定。平成5年から活性化プランを検討し、建替えを控えていた矢先に、阪神・淡路大震災に見舞われた。震災1ヵ月後に協同組合を設立し、建物の民営化と跡地借上げを市に要望。7 月には高度化資金を活用した“セルフ方式”による共同店舗を計画。災害復旧高度化事業による初認定を受け、平成8 年4 月17 日、組合が建物を建設し、完全セルフ方式の市場として、7名の組合員で再オープンを果たした。総事業費3 億460 万円、鉄筋造り2階建て延床面積1,050.14 ㎡。内1階の売場面積は470 ㎡である。翌9 年には市から土地も取得している。

順調なスタートであったが、再オープン10 周年を迎えるまでに売上は減少傾向に。満を持して、平成15 年、毎月末に購買額を集計し買物券に交換するという独自のポイントカードを導入した。

これからもお客様と共に

セルフ販売の「復興第1号店舗」として再オープンしたことで、それまで3~4 万円だった個店の日商が大幅に増える状況に。それに気を良くして、気が付くと努力をしない商いになっていました。売上が当初の半分程度になった頃から、お客様に喜ばれる売場づくりやサービスの向上に力を入れ始めました。

現在は、フロント、日配、惣菜前の3ヶ所に催事コーナーを設置し、毎日同じ内容を置かないことを徹底しています。そのため、週1 回販促会議を開いて催事内容を決定。催事コーナーは部門の売場が増えることになるので、売上は上がる。結果、場所の取り合いになって部門間が活性化し、お客様に新鮮な売場で新鮮な商品を提供できるという流れです。

お客様はじめ取引の関係者の皆様に対する感謝の気持ちは言葉では言い尽くせません。いつまでもいつまでもお客様に愛されるジョイエール月見山を継続していくことを決意して商いに励みたいと思います。

 

板宿きたいちば

組織名:板宿きたいちば
創 立:昭和27 年12 月
住 所:神戸市須磨区飛松町2 丁目4-12
代 表:会長 村上 俊元
電 話:078-732-3982
定休日:日曜日
行き方:山陽電車・市営地下鉄「板宿」駅から北へ徒歩3 分


村上会長

歴史と沿革

昭和27 年12 月に開場し、同33 年に板宿連合市場へ加盟した時、板宿北部市場と名を改め、同41 年には900 万円を投じて冷房を完備、近代的な店舗に改装。その後、初代会長(二神氏)が当初から等価交換方式の建築計画を立てたものの、諸般の事情により計画は実現しなかった。

時を経た平成6 年、神戸市の区画整理事業により、これまでの組合員の努力が実り、地元有力者の支援も得て、1・2 階に店舗と倉庫、3 階以上を分譲マンションとする10 階建てビルの着工にこぎつけた。

翌年に発生した阪神・淡路大震災の難を逃れて、平成8年4 月にビルは完成。市場は一足早く平成7 年11 月に「板宿きたいちば」として、新しく出発することができた。

これからもお客様と共に

阪神・淡路大震災後5 年ほどは売り上げもよく賑わいがありましたが、大店立地法が制定されてからは、市場は競争力を失くしています。この地域の居住者は高齢化が進み、配達を希望されるお客様もいますが、市場の店も高齢になり、なかなか要望に応えられていません。

これからは販売だけでは生き残れません。空き店舗を活用して、高齢者や子どもが安心して集まれる場所の提供を考えています。人間関係を大切に、人とのふれあいを大切にした市場づくりを目指します。そして、厳しい今こそ、市場の中の店舗間の協力体制は不可欠であると考えています。

現在、魚・豆腐・天ぷら・味噌&漬物・乾物&食料品・昆布&煎餅・串カツ等食品に関する店舗が減りましたが、遠方からわざわざ買いに来てくれるお客様もおられ、商品には自信があります。スーパーにはない商品を置く努力をし、各店が地域でのオンリーワンショップになりたいと思っています。

 

板宿連合西部

組織名:板宿連合市場西部
創 立:昭和21 年12 月
住 所:神戸市須磨区飛松町2 丁目2-13
代 表:会長 黒田 浩之
電 話:078-732-0498
定休日:木曜日
行き方:山陽電車・市営地下鉄「板宿」駅から北へ徒歩3 分


黒田会長

歴史と沿革

終戦の混乱の中にヤミ市ができ人々が集まり、昭和21 年の半ば過ぎには市場らしい形が形成される。最初に「板宿公認市場」が開場。当市場を含め4つの市場が次々と誕生した。

昭和28 年にアーケードを改修、同35 年には市場内の通路を改造、40 年には大改築し、500 万円を投じて市場の冷房化を完成させた。

現在の市場は、神戸市区画整理事業の計画決定から19 年を費やし、平成3 年12 月に新築されたもの。通路の拡幅、共同施設、消防・防火設備、冷暖房を完備した近代的な小売市場に一新。お蔭で阪神・淡路大震災に見舞われたものの被害は軽く、一早く営業再開できた。板宿市場全体で共存共栄を図り、消費者サービスに努めている。

これからもお客様と共に

当市場は、山陽電車と市営地下鉄板宿駅から徒歩3 分と大変便利な、地区の中心的商業地に立地しています。平成24 年5 月に須磨区役所が移転されたことで、商店街の人通りは増えましたが、近年は消費者の市場商店街離れが進み、店主の高齢化や後継者不足も相まって、大変厳しい状況にあります。

しかし、子育てサロンの開業や、夏の夜に親子が楽しめるイベント「板宿夜市」の開催等、行政の支援を得ながら、新しい顧客づくりに懸命に取り組んできました。

板宿小学校と連携して、子ども達が一生懸命仕入れした商品を自分達で考えて販売するという、ユニークな授業を始めたのも板宿市場です。これからも板宿という地域を大切に、ここでしか買えない商品やここでしかできない体験をお客様にご提供できるように頑張りますので、応援をよろしくお願いします。

 

霞ヶ丘廉売市場

組織名:霞ヶ丘廉売市場組合
創 立:昭和31 年5 月
住 所:神戸市垂水区五色山4 丁目20-12
代 表:会長 柚木 良幸
電 話:078-708-8461
定休日:日曜日
行き方:山陽電車「霞ヶ丘」駅北へ10 分


柚木会長

歴史と沿革

明石海峡をへだて淡路島を望む霞ヶ丘の丘陵の台地に霞ヶ丘廉売市場を設立したのは昭和31 年5 月でした。当時は西神戸の別荘と言われた高級住宅地帯で、わずか80戸の住宅でした。

垂水地区がベッドタウンとして脚光をあびるようになり、住宅の建設も進み、市場も賑わいを見せました。同42 年には隣接のタメ池を買収して市場を増設、組合員も一致団結して消費者サービスに努めて繁栄をはかりました。

これからもお客様と共に

共同仕入や販売品目の専門化などに力を入れ、積極的に推進してきましたが、量販店やコンビニ、コープの出店の影響は大きく、現在は電器、リフォーム、美容院が、地元のお客様にご愛顧頂いております。